タフ・ネゴシエーション

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2000年代に入ってからもイクシスの探鉱作業は順調に運んだ。他方、商業生産をするためには、地下から油ガスを生産する生産井、採取したガスを送るためのパイプライン、そしてガスを液化するためのガス液化プラントなどを建設しなくてはならない。しかし、この液化プラントの建設は容易なことではない。プラント建設は、経済的にも環境的にも地元地域に大きな影響を及ぼすため、地域の行政や住民との合意が求められる。特にオーストラリアの場合、先住民の権利が非常に尊重されており、必ず彼らの同意を得る必要がある。まったく文化の異なる人々と折衝し、良好な関係を一から築き上げていかなければならない。

そして、その交渉役を担ったのが、現・イクシス事業本部本部長補佐の岡田二郎だ。イクシスは、オーストラリア本土から約200km離れた海域にある。当初、ガス液化プラント建設地として、イクシスに近い「マレット島」を検討していた。無人島で、飛行場もなく、オーストラリア国内でもあまり関心を払われていないKimberly地区沖合にある小さな島だ。このマレット島にも先住民が嘗て、生活圏として活用した証があり、INPEXがその島を陸上プラントの候補地として検討していることを知り、Native Titleを申請する動きを開始した。岡田はヘリコプターで島に乗り込み、彼らとの対話にあたった。

マレット島を嘗ての生活圏としていたこと、今も伝統行事、休息の場所として活用していることを根拠としてNative Titleを申請しようとしていた先住民は、豪州大陸北西に位置するKimberly地区に居住しており、同島でのプラント建設はKimberly地区に居住する先住民の生活向上、同地域の経済活性化にもつながると、概ね好意的な反応を示した。しかし、なかには島、ひいては秘境の地である自然豊かなKimberly地区の環境破壊につながると懸念する声もあった。もちろん環境調査はきちんと実施する。そのうえで、先住民に岡田はこう説いた。「我々の暮らす日本では、田畑を耕し、肥沃な土地に改良して、後世に受け継いでいく人間こそがもっとも尊敬されるのだ。」つまり、自然と共生しながら永続的な発展を目指す文化なのだ、と。その言葉は、先住民の人々の共感を大いに呼び、岡田は彼らと良好な関係を築き上げることができた。

しかし、マレット島を生活圏としていた先住民からは信頼を得、Kimberly地区最大の都市であるBroom市議会、市長などからも支持を得たものの、さまざまな許認可権限を持つ地元の西豪州政府が、同州内で計画されているいくつかのガス液化プラント建設プロジェクトの立地場所を一カ所に集中するとの方針を示したため、マレット島に可能な限り早期に液化プラントを建設するというINPEXの計画は困難に直面した。だが、すぐに、隣接する北部準州がINPEXのガス液化プラント建設を歓迎すると表明した。プラント建設による雇用などの経済効果を期待してのことだ。岡田はその機を捉えて、北部準州の中核都市ダーウィンでのガス液化プラント建設に向け方針を転換する。

プロジェクトを左右する決断

イクシスからダーウィンまでの距離は約890km。設置すべきパイプラインの長さは、マレット島の場合に比べれば数倍の長さになる。コストは要するが、技術的には問題ない。そして、そのコストを補って余りあるほどのメリットがダーウィンにあると岡田は考えた。まず、水や電力、そして交通網などの社会インフラが格段に整っている。そして何より、地元政府からの協力がある。プロジェクトを進める過程では、さまざまなリスクが考えられる。そのリスクを回避していくためには、地域との良好で密な関係が不可欠。進出した地域に根ざし、共生を図っていくことが、プロジェクト成功の確かな道。それが岡田の信念だ。

すでにマレット島でのガス液化プラント建設に向けて検討を進めていたが、北部準州政府の閣議決定を経た法的に拘束力のある土地提供に関する首相からのコミットメントを確保し、岡田は経営陣に対してダーウィンでのガス液化プラント建設を提案。検討の結果、彼の意見が採用された。岡田は政府関係者と折衝を重ね、プランを具体化。そして、他国で石油・天然ガス開発に携わることが政治にまでに大きな影響を与えることを、岡田は身をもって実感することになる。交渉を取りまとめ、Project Development Agreementを締結してまもない頃、北部準州で議会選挙が行われたのだが、州政府与党が「INPEXを誘致すること」を公約として掲げたのだ。自ら関わる仕事が、州選挙の争点になる。そんなスケールの大きなビジネスなど、世の中にいくつもない。

そしてその選挙結果を受けて州政府の全面的なサポートを得ることができ、2008年秋、ダーウィンにガス液化プラントを建設することが公に発表された。岡田は「ダーウィンにガス液化プラントを建設することにしたことが、このプロジェクトの大きなターニングポイントだった。」と述懐する。その後も岡田は、州政府・連邦政府と連携し、ダーウィンの先住民に対しても、彼らの子息のための職業訓練学校を企画し建設するなど、地域への貢献に努めている。

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