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ガス液化プラントの建設地がダーウィンに定まったことで、2009年以降、プロジェクトは開発計画へと入っていった。陸上ガス液化プラントやパイプラインなどの基本設計作業、沖合生産・処理施設にかかる入札作業などが始まったのだ。イクシスLNGプロジェクトの次なる目標は、開発フェーズのスタートとなる最終投資決定。それも、数年後の目標として現実味を帯びてきた。

こうした作業が進む中、パース事務所で人事・総務部門を統括する大川人史は、1人、頭を悩ませていた。今後、加速度的に人材が必要になっていくことは間違いない。世界各地から名だたる石油・ガス開発会社が進出しているパースで、決して知名度が高いといえないINPEXが優秀な人材を確保するには何が必要なのだろう。考え抜いた末に出した答えは、「チャレンジを楽しもう!」というキーワードだった。成熟したライバル企業では、会社としての諸制度や仕事を進めていく上での手続方法、管理システムなどが十分に整っており、多くの業務が定型化、ルーティン化している。そうした企業とINPEXの決定的な違いは、社員一人ひとりがアイデアを出し合い、創意工夫をし、業務を推進するための制度、システムを作り上げていく余地の大きさだ。そうした考えのもと、大川は「成熟した環境で働くのは物足りなくはないか?私たちと一緒に、真っ白なキャンバスに絵を描いていこうじゃないか。そう、何もないところから、チャレンジを楽しもう!」と呼びかけ、仲間を増やしていこうと決意したのだった。

大川は、このメッセージを大書した募集ポスターを、オーストラリア内外の空港など人の集まる場所に掲げた。反響は予想以上だった。名前も知らない小さな日本の会社が、オペレーターとして巨大LNGプロジェクトに挑戦している。面白い、一緒にやろうじゃないかと、意気に感じた応募者が次々にやってきたのだ。

プロジェクト発足当初からイクシスLNGプロジェクトに関わってきた大川は、「日本人に大型オペレータープロジェクトができるわけがない。」という言葉を、これまで嫌というほど聞いてきた。だからこそ、何としても成功させて、「できる。」ということを証明したかった。呼びかけに応えてくれた応募者の多さに、大川は強い手応えを感じた。大川ら3人の日本人で立ち上げたパース事務所は、こうして、数百人規模になろうとしていた。

前代未聞のタスクフォース

最終投資決定を目指し、2010年からは現地政府による各種許認可を受けるための準備も始まった。オーストラリアは、特に環境に関する規制が厳しい。それをクリアするために、環境影響評価報告書を作成してパブリックヒアリングを実施。翌2011年には追加レポートを政府に提出し、北部準州政府と連邦政府から、それぞれ環境承認を取得した。

こうした現地政府との窓口役を務めたのも大川だ。イクシスLNGプロジェクトに関わる政府の部門は多岐にわたる。環境影響評価報告書に関する問い合わせやフィードバックだけでも、複数の部署と個別にやり取りをしなければならない。何とか、政府側の窓口を一本化してもらえないだろうか。無理を承知で、大川は北部準州の首相に要望を伝えた。

すると、大川の熱意が伝わったのか、北部準州政府は、イクシスLNGプロジェクトのための特別タスクフォースを結成。しかも、各部門の責任者によって構成するというのだ。大川は絶句した。民間の一プロジェクトのために、政府が特別チームを組むなどありえるだろうか?これほどまでに政府が真剣になってくれているのだと思うと、思わず涙がこぼれた。「ガス液化プラント建設地をダーウィンに決めてよかった。これで前に進める。」目の前が一気に開けたようだった。

LNGを出荷する際は、巨大なタンカーがダーウィン湾に入出港することになる。その際に、タンカーの船底が海底と接触することを防ぐために、港湾の海底を削る浚渫作業を行う必要がある。通常はダイナマイトを用いて海底を削るのだが、イルカやジュゴンなどの生態系を保護するために、世界最高峰の浚渫船を手配することに成功し、特殊なカッターで海底の岩盤を削る方法を採用し、環境に関する政府側の懸念事項もすべてクリアした。そしていよいよ、イクシスは最終投資決定という大きな節目を迎えることになる。

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スムース・ザ・ウォーター

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2012年1月13日、イクシスLNGプロジェクトへの最終投資決定がなされ、ついにプロジェクトは開発フェーズへと移行。5月に陸上ガス液化プラントの起工式を行い、12月には総額200億米ドルを限度とするプロジェクト・ファイナンス契約に調印。生産開始を目指し、いよいよ本格的に動き出した。

最終投資決定を達成した安堵感を味わいながら、大川は、新たな課題にも早くから気づき、取り組みを進めていた。地元住民との共存だ。最終投資決定のニュースにダーウィンの町は沸き、イクシスLNGプロジェクトへの期待が急激に高まっていた。これで、町も暮らしも豊かになる。そんな夢のようなイメージが人々の間に広がっているのだ。しかし実際は、良いことばかりが起きるわけではない。人々が幻想を抱きすぎないよう、大川は、地元コミュニティとの交流を積極的に図り、こまめに説明会を開催。プロジェクトの現状を常にVTRで流すなどの工夫をしている。大川が任命したダーウィン事務所の所長も、日本人ではなくオーストラリア人。地元住民との間に良好な関係を築けるようにとの配慮だ。その成果は、現地におけるイクシスLNGプロジェクトの支持率が80%前後を保っていることからも分かる。
また、メディアとの良好な関係づくりも重要だ。地元のメディア関係者を、ダーウィンの建設現場、沖合生産・処理施設を建造している韓国、そして日本に招待することで、イクシスLNGプロジェクトへの一層の理解を促している。

自身の役割について、大川は「スムース・ザ・ウォーター」と表現する。船が安心して航海できるよう、海面をなだらかにすることが自分の役目なのだと。

日本のエネルギー業界の夢を乗せて

2013年、前年の陸上ガス液化プラントの建設着手に続いて沖合生産施設の建造が開始し、プロジェクト全体として調達・建設作業が本格化した。2015年には、生産井50本のうち20本の掘削が順次スタート。現場は、ますます活況を呈している。組織規模も急激に拡大し、今や2,000人以上が現場で活躍している。

イクシスLNGプロジェクトの成功は、日本のエネルギー業界の悲願でもある。海外で、日本の企業が開発生産から販売出荷まで一貫して大規模なLNGプロジェクトをオペレーターとして担うのは前例のないことだからだ。また、2011年の東日本大震災に伴う原子力発電をめぐる議論、クリーンエネルギーに対する需要の高まりの中では、イクシスから供給されるLNGに対し、国内の電力会社やガス会社など需要家からの期待も大きい。事実、すでにこれらの企業とのLNG売買契約も締結している。まさに日本のエネルギー業界が一丸となって、このプロジェクトの成功を待ち望んでいるのだ。

イクシスLNGプロジェクトは2018年に生産開始を予定し、以後、約40年間の商業生産が予定されている。鉱区取得から考えると、実に60年という非常に息の長いプロジェクトだ。このイクシスLNGプロジェクトで大型LNG開発プロジェクトのオペレーターとしての知見を蓄えたINPEXには、将来に向けて大きな可能性が広がっている。今後、海外で新たなオペレータープロジェクトにチャレンジする機会も増えていくだろう。

第2、第3のイクシスは、これから入社するあなたに委ねられている。

  • 所属部署・内容などは取材当時のものです。

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