• 1988年入社

    酒井 嘉浩

    財務・経理本部 財務ユニット 財務グループ マネージャー

  • 2009年入社(中途入社)

    永滝 純

    財務・経理本部 財務ユニット 財務グループ

プロジェクト概要

プロジェクト・ファイナンスとは、プロジェクトが将来生み出すキャッシュフローを返済の原資とする資金調達手段のこと。INPEXは、日本企業が操業主体となる初めての大型LNGプロジェクト「イクシスLNGプロジェクト」の開発資金調達に挑戦し、2012年12月、国内外の輸出信用機関8行および市中銀行24行等との間で、200億米ドル(約2兆円)を限度とするプロジェクト・ファイナンス融資契約調印を実現した。国際金融市場において過去最大規模となる巨額な資金調達を、いかにして実現させたのか。当時の担当者に聞いた。

2009年、イクシスのプロジェクト・ファイナンスが動き出した。

酒井:
イクシスLNGプロジェクトの開発資金をプロジェクト・ファイナンスという手段を用いて調達しよう。社内がその方向に向かったのは、2008年頃のことでした。イクシスは、INPEXが操業主体として開発に関わる重要なプロジェクトであり、投資額も巨大ですから、通常の調達よりも多くの金融機関からプロジェクト担保で資金を集めることにしたのです。財務ユニットでイクシスの担当であった私は、2009年から本格的にプロジェクト・ファイナンスに携わり、対外的な窓口と、社内調整を担うことになりました。
永滝:
証券会社に勤めていた私がINPEXに入社したのも2009年の11月のことです。ちょうど、プロジェクト・ファイナンスが始動する時期で、ファイナンシャルアドバイザー(ファイナンス組成の助言を行う銀行アドバイザー)を選定しようとしていたときでした。右も左も分からないまま現場に投入され、入社の翌週には選定会議に出席していましたね。以来、2012年の調印に至るまで酒井さんの下で現場を取りまとめることになったわけです。
酒井:
操業主体として、プロジェクト・ファイナンスにおいてもスポンサー(出資者)の中心的な立場になるのはINPEXとしては初めてのこと。もちろん私自身にとっても初めての挑戦です。契約調印までにしなければならないことのリストは膨大でしたが、「プロジェクトが良いのだから必ずできる。」と楽観的に考えるようにしましたね。金融機関にプロジェクトの説明をするという点では通常の業務と変わりなく、密度が濃く量が多いだけと。通常の銀行借入ではつかないレンダー側のアドバイザーや国際弁護士、コンサルタントといった専門家が多数つくといった違いはありますが、一人ひとりの作業内容は同じと感じていました。巻き込む人の数が多かったので、人のマネジメントには心を配りました。間違った理解をされたり、予期せぬハプニングを未然に防ぐために、重要事項はくどいほど確認をしました。

永滝:
本当に、関わる人の数は多かったですね。調印に至るまでの間に、様々な分野の人の力を借りたので、社内だけでも100人は優に超えるでしょう。イクシスの技術職や事務職、本拠地のパース事務所にいる各分野の専門家などです。さらに、イクシスの共同事業者であるトタール社(仏)等のプロジェクトパートナー、ファイナンシャルアドバイザー、国際弁護士事務所。レンダー(貸手となる金融機関)との交渉においても、先方にもそれぞれ弁護士や銀行アドバイザーがつく他、技術面やLNG等の販売関係のコンサルタント、保険、環境、埋蔵量評価など各分野のアドバイザーなどがいますから、関わった人の数は数えきれませんね。

ファイナンスの方針を固め、世界中の金融機関にアプローチ。

酒井:
2010年に入ると、共同事業者のトタール社や、前年に選んだスポンサー側のファイナンシャルアドバイザー、弁護士と相談しながら、借入の方針を定めていきました。これがなかなか大変な作業でしたね。石油・天然ガス開発におけるプロジェクト・ファイナンスの事例はたくさんありますから、過去の事例を勉強したうえで、イクシスLNGプロジェクトの特性や強みを明らかにしていきました。そして、売り込み方の戦略を立てていく。融資を受けるために設立する事業会社の形態も考えなくてはなりませんから、まとめるのに半年から9カ月はかかったでしょうか。
永滝:
そうですね。方針を決めて、契約の骨子を作ったのが2010年です。それをもとに、レンダーに説明するための資料を一式準備しました。契約の内容やプロジェクトの説明書類、会社の説明書類、融資計画の骨子などをセットにして、いよいよ本格的にレンダーとの交渉を始めたのが2011年4月。まずは政府系金融機関と契約の交渉を始めて、条件がほぼ固まってから邦銀や海外の銀行にも呼びかけを始めました。考えてみると、イクシスのファイナンスだけのために世界各地に行きましたよね。プロジェクト・ファイナンスを国際的に行っている銀行には、ほぼ参加していただきましたから。大きな融資の可能性があるところには直接出向き、何度も話をしましたね。

酒井:
金融機関との交渉を始めてから調印するまでの約1年半、会議も多かったし、本当によく世界を飛び回ったものです。あるときは、各国の金融機関を回るのに、初日は東京で2行、その夜に韓国へ飛び、翌日、韓国で2行。さらに翌日オーストラリアで5行。北半球は冬だったので、−11℃のソウル、真夏のオーストラリア、冬の東京を行ったり来たりしたものです。

プロジェクトの優位性を伝えるために、何百もの質問に真摯に答える。

永滝:
あの1年半は、本当に大変な毎日でした。ここにきて、事の大きさを実感しましたね。レンダー側は、法律、財務、技術、販売、保険、環境、埋蔵量評価など各分野の専門家を雇用し、第三者的立場で作成されたレポートをもとにプロジェクトの善し悪しを判断します。ですから、世界各地のレンダーから細かな質問が続々と届く。専門的な内容からプロジェクトの全体像に至るまで、数百から千もの質問が殺到し、「こんな資料がほしい。」という要望もありました。それらを振り分ける担当だった私は、とにかく社内外の人に色んなことをお願いしていましたね。ただし、丸投げはせず、仕事がしやすいように範囲を絞り、何を聞きたいか自分で理解したうえで依頼することを心がけていました。

酒井:
永滝君がプロジェクトの内容についての質問をさばいていた頃の私の役割は、レンダーとの契約にあたり、厳しい条件をつけないようにしてもらうことでした。過去の事例に比べて、イクシスの優位性を納得してもらうのです。プロジェクト・ファイナンスは、事業を行う会社の株主には原則として債務保証を求めないため、レンダーもリスクを負うことになります。我々としては、なるべくレンダーにリスクをとってもらえるように交渉しなければなりません。契約書の骨子案も、レンダーとの間で何度やり取りしたことか。それぞれの要望や条件について弁護士やファイナンシャルアドバイザーと相談し、どうするかを決めていきました。政府系金融機関8行とは、1年がかりで契約内容を吟味しましたね。そして、2012年5月に契約骨子をまとめることができたのです。
永滝:
あのころは常に、どこの銀行はこういっている、ああいっている、これはできる、できない、という話し合いの連続でしたね。

気がついたら、ゴールテープを切っていた。

酒井:
契約骨子をもとに個別の交渉を重ね、レンダーとの本格的な交渉開始から約1年半で調印に至ることができました。調印日が確定したのはヨーロッパで、日本時間では午前4時。その晩は細かい調整を続けていたので、結局、眠らずにその時間を待ちました。無事、調印日確定の知らせが入ったときは、本当に嬉しく、ほっとしましたね。弁護士やファイナンシャルアドバイザーによると、1年半というのは、プロジェクトの規模を考えるとプロジェクト・ファイナンスの常識では考えられないスピードだそうです。レンダーから来た質問を、弁護士やアドバイザーと連携しながら、どんどん返していけたのがよかったと思います。社内の協力にも助けられましたね。永滝君は、難しい頼み事をするときにも、相手を緊張させたり、プレッシャーを感じさせたりしないで話すことができるんです。そして、自分で納得してから相手に伝えようと努力する。その姿勢がプロジェクトを前に進めてくれました。

永滝:
ありがとうございます。調印日を迎えたときは、なんだかよく分からないまま走ってきて、気がついたらゴールテープを切ったという感じでした。調印後、借入が始まるまでに準備期間があったので、翌年1月から4月までパースに出張し、借入の準備に当たったんです。初回の借入は2月に行われたのですが、現地のみなさんと一緒にその日を迎え、乾杯して喜び合えたとき、やり遂げたという実感がわいてジーンとしましたね。質問を振り分けるとき、電話やメールでやり取りをした人たちとも直接会うことができ、嬉しかったです。
酒井:
こうして史上最大のプロジェクト・ファイナンスに関わることができ、様々な人と一緒に仕事ができたことが何よりの財産。国籍も年齢も専門分野も様々な人とのコミュニケーションには苦労もありますが、人は互いに違って当たり前です。会議や交渉の席では、相手の話をよく聞いて、こちらの話もしっかりと伝え、双方の違いを明確にしながら歩み寄っていくようにしました。すると、スムーズに話を進めることができるんですよ。
永滝:
この案件を一通りこなしたことで、仕事の全体像やプロセスを広くとらえられるようになりました。実は今、別件でプロジェクト・ファイナンスを準備しているんです。 前回は無我夢中で分からなかったことも、一度経験をしているため、余裕をもって進めることができます。対外的な窓口業務も1人で任されるようになりました。また機会があれば、大きなプロジェクトに携わってみたいですね。